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2015年09月25日 ()
本記事はROとは全く無関係になります。
また、あくまでも中の人の主観および個人回顧録であり、
人の生死についての記事であります故、ご容赦願います。


昨日、(今この表現が正しいのかはわかりませんが)女優の川島なお美さんが亡くなられたとことを
今朝ネットニュースで知りました。

私にとっては川島なお美さんと言えば
当時小学生低学年だったころ放送されていたお笑いマンガ道場で
車だん吉さんとの絶妙な掛け合いをされている知的な美女、という印象が強く
最近は舞台などに活動を移されていることをほとんど知らないくらいでした。

ただ、それでもやはり小学生のころの刷り込みというのは多大な影響を与えているもので
記事を見た瞬間に大声でオットを呼ぶくらいびっくりしました。

54歳、胆管癌による死去。
あまりの早世に言葉もありません。


それと同時に、夫である鎧塚さんの心境を考えると如何ばかりかとも思います。

本当であれば最も辛く、冷静であることすらままならぬであるだろうに
凛として逝った川島さんを誇りとし、川島さんへの溢れ得ぬ想いと
支えてくれたみなさんへの抱え切れぬ感謝を簡潔な言葉で伝えた姿勢には頭が下がります。

常々川島さんへの想いを口にし、行動として表現していたからこそ
出来たことかもしれません。



大切な人への想いは、気付いた時には届かなくなっています。

自分語りとなってしまいますが、私は6年前に父を亡くしています。
数十年難病と闘い、最後の1週間は自発呼吸さえできず意識がない状態でした。

私は父が入院していた病院から一番近くに住んでいたにもかかわらず
仕事が忙しかったこともあり滅多に見舞いに行くことはなく、
たまたま亡くなる2週間前に行ったときの2人きりだった時に父自身が
「おとうちゃん、もう死ぬかもしれん」とぽつりとつぶやきました。
その時はまた冗談を、と思ったものです。

そのわずか1週間で容体が急変し、さらに1週間で亡くなるとは全く思っていませんでした。

亡くなる数日前に当時の上司から
「1回親父さんの見舞いに行ってこい。ちゃんと思ってることを言ってこないと絶対後悔するから。」
と言われ見舞いに行ったものの、当時付き添っていた母の目が気になり
母が席を外した時に意識のない父の手を握り、また来るから、とそれだけを伝えました。

父が息を引き取ったのはその3日後の朝でした。

運転中にいつもならかかってこない下の兄からの着信があり不安を覚えたものの、
さすがに出るわけにはいかなかったので会社についてかけなおしたら
すでに心肺停止となっているのですぐに向かうようにと。

会社から病院までは実はすごく近かったのですが歩いていくには微妙な距離で、
また時間帯的に通勤時間帯だったため時間がかかったら
ちょうど母と同じタイミングで病院に到着しました。

父の病室に入ったときに見た心マッサージの光景は、きっと一生忘れることはできません。

私たちの到着後もしばらく心マッサージをしてくださっていましたが、結局息を吹き返すことなく
父は永遠の眠りにつきました。

オットにも病院に向かう前には連絡を入れていたもののすぐには病院へ向かうことができておらず、
電話を入れてくれた兄は実家で待機してくれていた(私の家から1時間くらいかかる)ため不在、
上の兄も同県内ではなく生活が不規則な仕事だったため連絡が取れずで
父の死に立ち会ったのは私と母の二人だけでした。
※母は当時父の状態が良くなかったため私の家から付き添いにいっていたのです

私のカバンの中にはいま1枚の写真がいれてあります。
当時仕事が忙しく、たまたま私たち兄妹をどこかへ連れて行ってくれた時に
私がそこの水場に落ちてびしょぬれになった私を受け止めようとしてくれている
病に侵される前のイケメンだったころの父の写真。

亡くなり棺におさめられている父の顔は、しわや白髪は増えていたもののその時と同じ顔でした。
20年、ずっと病と闘っていたうちに薬の副作用で元の顔すらわからなくなるくらいになっていたことが
私はとてもショックだったようです。

亡くなってからの1週間は確か実家にいたはずなのですが、あまり記憶がありません。


亡くなってしばらく後にアルバムを見ているときに、
私が生まれた時の写真に「おとうさんはとびあがって喜んでいました」という文があったことを思い出し
母に訪ねたことがあります。

「事実だよ。本当に飛び上がって喜んでたんだから」とこともなく答えられました。
当時父は36歳。母が30歳で子供ができる微妙な年齢ではあったと思います。
また、女の子を欲しがっていたということもあったようです。


自分がどれだけ想われているか。大切にされていたか。
それは、失ってからじゃないとわからないのかもしれません。


だからこそ、自分が大切な人が誰なのかをきちんと見極めて
その人に少しでも思いが届くよう言葉を発すること、行動することが大事だと思うのです。


実践は容易くなく、幼稚な私にはまだまだ修行が必要なのですが。




川島なお美さんに心よりのご冥福をお祈り申し上げます。
そして、残された鎧塚さんの残りの人生が幸多からんことをお祈り申し上げます。
[2015.09.25(Fri) 10:02] 日常のものごと。Trackback(0) | Comments(0)
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